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2012年6月30日土曜日

関西電力に勤めるお父さんへ


お父さん毎日のお仕事ご苦労様です。この頃毎日帰りが遅くいつも疲れた顔をしているのがとても心配です。お母さんは、「お父さんは、今お仕事が大変なの」と言っています。朝食の時一緒になっても、ほとんど新聞を読んでいるだけで、昔みたいに「学校どうだ、楽しいか」と声をかけてくれません。

「電気はみんなのいのちと暮らしを支えているんだ」とはにかみながらでも嬉しそうに言う父さんが大好きでした。今も大好きです。僕も将来は子供に自慢できる仕事をしたいと思います。そのために勉強も頑張るつもりです。僕は六年生になりました。新聞も読めるし、テレビのニュースも見ています。この一年お父さんの会社の名前がテレビでよく出てきます。お父さんの会社を悪く言う人もいました。僕はそんな時、「お父さんの会社を悪く言うなら、電気を使わなければいいのに」と思いました。お父さんの会社の悪口を言う人はみんな嫌いです。

お父さん、新しい友達ができました。福島から引っ越してきた山口君です。サッカーが上手で、勉強もできます。親友だと思っています。山口君は、去年の5月にお母さんと小学校2年の妹と3人で大阪へ引っ越してきました。原発事故の放射能から逃げるために大阪に来たそうです。お父さんは仕事があるので、福島の仮設住宅に残っています。もとの家は原発から1kmのところで国の命令で避難したそうです。大事にしていた犬やインコを置いたまま逃げて来たそうです。おばあちゃんも一緒に逃げましたが、一か月後に避難所で亡くなったそうです。妹はよく家に帰りたいと泣くそうです。お母さんは、「こんなことになったのは全部原発のせいだ」が口癖だそうです。山口君は「絶対原発はなくす。勉強して新しい安全なエネルギーを発明する」と言っています。山口君たちをこんな目にあわせた原発はダメです。お父さんには悪いけど、ぼくのお父さんが関西電力に勤めていることを山口君に知られたくないと思っています。知られたら山口君に嫌われるような気がします。

お父さんの会社は福井県で原発を再稼働させるのですね。福井で事故がおこれば、僕たち家族も山口君達みたいに避難することになります。お父さんを置いて避難することになるのでしょう。僕は猫のタマと別れるのも嫌ですが、お父さんと別れるのはもっと嫌です。昨日たくさんの人が再稼働反対でお父さんの会社に押し掛けたそうです。新聞に載っていました。山口君もお母さんと一緒に行くと言ってました。僕も山口君と行けばよかったと思っています。ごめんなさい。

お父さんの会社の社長さんは株主総会で「原発を動かさないと会社はつぶれると」言ったそうです。僕は間違っていると思います。危ない原発を動かし続けるとみんなに嫌われて会社はつぶれると思います。新しい原発は作れそうにありません。古い原発もいつまでも使えません。原発の次を考える時が来ています。電気が大事なことはみんな知っています。安全な電気をつくるために頑張ればみんながきっと応援してくれると思います。

お父さん大好きです。お父さんが好きなお父さんの会社も好きです。だからこそ安全な電気を作る会社にしてください。僕のお父さんは関電に勤めているんだと胸を張って言える会社にしてください。関電につとめるお父さんやお母さんのいる子供たちみんながそう思っているでしょう。

お父さんまた、ガンバの試合に連れて行ってください。

2012年6月27日水曜日

原則実施しない、万が一の備えとしての計画停電の怪 停電計画の撤回を


関西電力が計画停電の具体的計画を発表した。内容は以下のとおりである。

1、「今夏は、大変厳しい需給状況になる見込み」
2、「計画停電につきましては、原則、実施いたしません」
3、「万が一の備えとして(計画停電を)国や自治体、関係機関の皆さまと連携しながら準備して」いる。
4、計画停電の対象は「原則、すべてのお客さま」。「ただし、医療機関等の緊急かつ直接的に人命に関わる施設や、国の安全保障上きわめて重要な施設、国や経済社会の基幹的機能を有する施設等」は対象から除外。

「原則実施しない」「万一の備えとして」の計画とは奇妙である。私は以下の理由で「計画停電」を撤回するべきであると考える。

1、電力の受給見込みについては別に検討する。
「関電の電力不足宣伝のトリックはここにある 電力必要量の過大想定と揚水発電量の過少想定」http://heiwayutaka.blogspot.jp/2012/06/blog-post_16.html

2、計画停電は「原則実施しない」が「万が一の備え」として準備している。
万が一とはどんな時か。「特別な災害や急な火力発電のトラブル」の時だそうだ。需要が供給の99%に達した時に実施する。

「万が一」「あくまで備え」 計画停電に電力会社強調623日朝日新聞デジタルhttp://digital.asahi.com/articles/OSK201206220235.html

これまで大飯が稼働しても電力不足だと関電は言っていたが「特別な災害や急な火力発電のトラブル」がなければ計画停電は実施しなくてもいけると告白している。

「万一」と「計画」とは語感に相当の開きがある。「万一」は確率は数%以下、「計画」とは少なくとも数十%の印象を与える。「万一」にしかおこらない事態のために対策を準備することはいいが、それを停電を計画していると言うのは不適切である。「計画停電」と言う言葉を「電力不足」宣伝のために使っているのではないか。

3、計画停電を決定・実施する責任は誰にあるのか。計画停電は「国や自治体、関係機関の皆さまと連携しながら準備」されている。しかし決定・実施する主体は誰なのか。文脈からは関電のようだが、どんな法的根拠と権限で実施するのか。また計画停電を実施したために発生した被害の保障は関電がする準備があるのか。

計画停電は法的根拠がない 決して計画停電をしてはならない

4、「医療機関等の緊急かつ直接的に人命に関わる施設」を除外するとしているが、救急病院以外の一般病院は計画停電の対象だ。血液透析をおこなう診療所も対象だ。一般の診療所も対象だ。また自宅で人工呼吸や酸素吸入をしている人も対象だ。これらの施設・自宅は「緊急かつ直接的に人命に」関わらないとの判断のようだ。いのちの重みに順番を付けたようだ。計画停電の対象になる病院・診療所・在宅療養の安全の責任は誰が持っているのか。「ご自宅で医療を受けているお客様で、停電中の健康状態がご心配な方は、事前に医療機関などに相談いただきますようお願いいたします」医療機関に相談して解決しろと言っている。それは筋違いだ。


弱者を犠牲にする計画停電は絶対にしてはならない
http://heiwayutaka.blogspot.jp/2012/05/blog-post_09.html



停電計画を直ちに撤回することを求める。

2012年6月19日火曜日

橋下徹氏自身による宴会政治暴露が面白い こうして大飯原発再稼働推進が決められた


橋下徹氏のツイッター中毒は続いている。618日付で朝日朝刊は、515日橋下市長と松井知事は森関経連会長(関電会長)と会談=宴会をおこない、原発再稼働容認が決まったと報道した。それに対して橋下市長は自身のツイッターで補足弁明をしている。

以下、彼のツイッターの要旨だ。

もともとの会合の趣旨は「松井知事、僕と経済界のオープン意見交換」「様々な実務的課題」について

参加者は「関経連会長森氏、大阪商工会議所会頭佐藤氏、関西経済同友会代表幹事の大林氏、鳥居氏(当時は代表幹事就任予定)と、松井知事、僕。それぞれの事務局と一社大手製造業の社長。」
関経連会長森氏は関電の会長でもある。

会場は「お店」 
既得権益と戦う維新も財界と「お店」で会合するんだ。保守の宴会政治の延長線上だ。

ところが
「当日お店へ着いたら、会場とは異なる別室で、森会長が電力について説明をさせて欲しいと言ってきました。当日急遽です。そのような予定は本来ありませんでした。」
 オープンな意見交換のつもりで会合に行ったのに、突然電力問題が議題になった。そんなつもりはなかったと言いわけします。まるで食事だけだと言われて行ったら、隣の部屋に布団が引いてあったみたいな話だ。

しかし「断る理由もないので、森会長から電力需給のひっ迫性について説明を受けました。」

橋下氏も「その時は、政府の電力需給検証委員会の結果が既に出ており15%の不足が確定。これを補う具体案を出せるか色々考えていたところでした。」
 「電力不足」の対案が出せずに悩んでいたとのことのようだ。橋下氏はこの夏の電力需給についてどのような最終結論を持っているのか開示するべきである。府市エネルギー戦略会議と異なる見解を持っているのではないか

「1時間ほど電力需給のひっ迫性について議論」「そして隣の部屋に移って会食。お酒も飲みましたが、初めから終わりまでほぼ電力問題についての議論」
 そういうことは当初予定の「松井知事、僕と経済界のオープン意見交換」「様々な実務的課題」は全くしなかったということだ。実質、電力問題の議論のために集まったことになる。それは子供でもわかる。

「そして本当に電力が足りないのであれば、暫定的な安全判断であればその場しのぎで限定稼働と言うやり方もあるのではないかと提案しました。」
 橋下市長から限定再稼働の提案をしたということだ。そんなにしたいならキスだけならいい、と言うみたいに。

「森会長は(限定再稼働)即座に否定」
関電会長は再稼働すれば再び止める気はないと言明した。再稼働したら秋に止めることなどありえないということだ。

この会合をうけて「限定再稼働」などありえないのをわかりながら、橋下市長は再稼働容認見解を表明した。財界と政治家はこんな風に密談し政治の方向を決めている。松本清張の小説を読むみたいに面白いが、腹立たしい。


この宴会の金はどこから出ているのか。税金なのか、それとも財界持ちなのか。明らかにしてほしい。橋下市長はお得意の職員アンケート調査で、取引業者と飲み食いをしたことがあるかどうかを調べたらどうか。その時は当然、市長も正直に市と利害関係のある財界と宴席をもったとこたえなければならない。

既得権益と戦い、今権力を持っているものから市民にそれを取り返すなどと橋下市長に二度と言わせてはならない。橋下はこれまでの保守政治家と全く変わらない財界のポチであることが明白になった。

2012年6月16日土曜日

関電の電力不足宣伝のトリックはここにある 電力必要量の過大想定と揚水発電量の過少想定


「大阪市の橋下徹市長は8日の記者会見で、関西電力大飯原発3、4号機(福井県)の再稼働反対から容認に転じた理由について、重病患者が生命の危機にさらされるなどの計画停電による被害想定を目の当たりにしたのが要因だったと明らかにした。『停電のリスクを一覧表で見たら、正直おじけづいてしまった』と述べた」(69日スポニチhttp://www.sponichi.co.jp/society/news/2012/06/09/kiji/K20120609003426710.html?feature=related )

橋下氏は「停電のリスク」のどんなデータを見せられたのだろうか。公表されている資料は関西電力による「今夏の需給見通しと節電のお願いについて」(平成24519http://www.kepco.co.jp/pressre/2012/pdf/0519_1j_01.pdf )である。この資料を提示されたのであろう。

関西電力の資料によると
10年夏のピーク使用量は3,095kW11年夏のピーク使用量は2,784kWであった。そして10年並みの猛暑があれば12年夏のピーク使用量は2,987KW10年比96.5 11年度比107%)と予想している。

15%の不足と電力不足と節電が必要と宣伝しながら10年比3.5%しか節電できない、昨年よりは7%電力使用量がふえると想定している。

いかに猛暑がこようと昨年より7%も電力を多く使う想定は妥当ではない。

そしてその電力必要量を前提にして、昨年夏の最大供給量は2,947万kWであったが今年の夏の最大供給量は2,542万kWしかないと推定している。減少分は停止している原子力発電と▲337万kW と揚水発電の減少▲225万kWだそうだ。

原子力発電の減少分は全原発が停止していることが前提で理解できる。一方揚水発電の減少分は、揚水発電の必要運転時間の増加と電力確保困難によるくみ上げ量不足によるとしている。すなわちピーク時の必要電力量を減少させ夜間早朝の電力を確保できれば、揚水発電がフル稼働し、あと225kW増やすことができる。今年の夏は2,542+2252,767W確保できることになる。

夏の電力使用量を過大に設定することで、揚水発電の必要運転時間の増加とくみ上げ量不足をつくりだしている。ここが関電の電力不足の宣伝の肝であり、トリックである。

このトリックに電力問題のブレーンを多く抱える橋下氏が、気がつかないはずはない。騙されたふりをして原発再稼働を容認し「限定稼働」などという、現実の政治の世界ではありえない言いわけをしている。

昨年比5%程度の節電が実行されればピーク使用量は2,644Wとなる、予測より最大で29872644343kWの節電が実現し、それ揚水発電フル稼働のために電力をまわすことができる。

今政府、自治体と電力会社がするべきことは、原発再稼働なしに電力を確保するために全力を挙げるとともに、市民・企業に節電の協力を訴えることである。電力弱者を犠牲にする計画停電はしないことは当然の前提だ。そのポイントは揚水発電のフル稼働だ。節電が発電につながる、揚水発電のフル稼働は誰にもわかりやすい目標である。

政府自治体は必要な節電の手立てを打っていない。揚水発電をフル稼働させるためにどれだけ節電をする必要があるかを提示する必要がある。揚水発電の貯水状況がリアルタイムに提示されれば節電は大幅にすすむ。また政府は節電効果の高い自動販売機やテレビの休止や、LEDの普及、そして24時間営業操業の制限など具体的節電策の決定を行うべきである。揚水発電フル稼働と電気の最大使用量2,500kW(昨年比90%)がわかりやすい目標と考える。その目標を共有して奮闘したい。

本日616日大飯原発の再稼働が開始されたが、その必要がなかったことを事実で証明したい。

2012年6月14日木曜日

計画停電は法的根拠がない 決して計画停電をしてはならない


関西電力が計画停電実施のプランを具体化している。計画停電の実施は国民のいのちと暮らしに重大な影響を与える。電力を安定供給するのが使命である電力会社が一方的に一律に停電を強要するのは許されない。
電力会社には電力を供給する義務がある。

(供給義務等)
電気事業法第18条 一般電気事業者は、正当な理由がなければ、その供給区域における一般の需要(事業開始地点における需要及び特定規模需要を除く。)に応ずる電気の供給を拒んではならない。

供給を拒む正当な理由が必要。火力発電や揚水を含めた水力発電にコストがかかるからは電気をフルに発電でいないは正当な理由にはならない。

電気事業法(電気の使用制限等)
27条 経済産業大臣は、電気の需給の調整を行わなければ電気の供給の不足が国民経済及び国民生活に悪影響を及ぼし、公共の利益を阻害するおそれがあると認められるときは、その事態を克服するため必要な限度において、政令で定めるところにより、使用電力量の限度、使用最大電力の限度、用途若しくは使用を停止すべき日時を定めて、一般電気事業者、特定電気事業者若しくは特定規模電気事業者の供給する電気の使用を制限し、又は受電電力の容量の限度を定めて、一般電気事業者からの受電を制限することができる。

電気の供給の不足が国民経済及び国民生活に悪影響を及ぼし、公共の利益を阻害するおそれがあると認められるとき」使用制限や停止ができる。しかしそれは「その事態を克服するため必要な限度において」である。

(使用電力量の制限)
電気使用制限等規則第一条  経済産業大臣が指定する地域において一般電気事業者、特定電気事業者又は特定規模電気事業者(以下「一般電気事業者等」という。)が供給する電気を使用する者であって、一の需要設備についての契約電力(電気を使用する者が一般電気事業者等との契約上使用できる最大電力をいう。次条及び第五条において同じ。)の値が五百キロワット以上であるものは、経済産業大臣が使用電力量を制限する期間として指定する期間においては、当該需要設備については、経済産業大臣が指定する電力量の限度を超えて当該一般電気事業者等が供給する電気を使用してはならない。


電気使用制限等の対象は500キロワット以上の電力を使用する大口電力使用者である。

人工呼吸器患者のように電気がなければ生活できない人を含めて、一律に意図的に停電をおこなうのは公共の利益を阻害することになる。ほかに節電の方法がないかが問われる。電力会社は一律の計画停電に短時間ならが耐えうるとの立場に立っているのだから、一律ではなく電力弱者を除外した企業・住民に積極的に協力に節電を呼びかける方法をとるべきである。計画停電を回避するための節電の呼びかけは共感と協力を必ず集める。

関西電力の昨年の夏の電気使用量の最大値は2784万KWである。今年の夏の政府の最大供給電力予測は2630万KWである。たかだか6%のギャップである。政府の予測が低めに見積もられたものであるとの指摘がある。ISEPの最大供給量予測は2946万KWである。また計画停電を回避するために昨年以上の節電をすることも可能である。

2012年6月10日日曜日

映画「道 白磁の人」の主人公浅川巧の墓に行って来ました



今「道 白磁の人」という映画が上映されている。http://hakujinohito.com/index.html日韓合作映画だ。その映画のチラシを見て初めて浅川巧を知った。恥ずかしいことだが、韓国に何度も行き、韓国人の知人もたくさんおり、韓国語も少しできるようになったが浅川巧の名前は今年になるまで知らなかった。

浅川巧は1891年山梨県生まれ。1914年林業技手として日本帝国主義支配下の朝鮮にわたり、朝鮮総督府農商工部山林課の職員として勤務した。1931年40歳の若さで亡くなっている。存命中は朝鮮の植林に貢献した。朝鮮の人から尊敬され慕われた数少ない日本人であった。映画の原作になった、江宮 隆之著 白磁の人 (河出文庫)に詳細に描かれている。

映画でも紹介されているが、浅川「名前は大切です」という。それぞれの名前=言葉を大切にすることは、それぞれの人を大切にすることである。相手の国の言葉で、ありがとうを言おうと思うかどうかが、その人の人間観を示す。彼は韓国語を話し韓服を着て過ごした。日本帝国主義が創氏改名を迫り日本語の使用を強制したあの時代にこんな生き方をできた人がいたということ知って感動した。

お墓はソウル地下鉄7号線上鳳(サンボン)駅で降りて、2番出口から出て、タクシーで忘憂里共同墓地(マンウリコンドンミョジ)まで15分ぐらいで公園管理事務所前につく。私が行ったのは土曜日の朝だったがウォーキングの方が多数おられた。事務所で浅川巧の墓はどこにあるかと聞くと、親切に作業用のトラックでお墓まで送ってくれた。共同墓地なのでたくさんの墓があるのでわかりにくいが、そばまで連れて行ってくれたのでありがたかった。こんなことはいつでもあることではないだろうが、浅川巧が今でも韓国の人に大切にされていることがよくわかった。

記念碑には,韓国語でこう刻まれていた。
「韓国の山と民芸を愛し,韓国人の心のなかに生きた日本人,ここ韓国の土になる」
浅川巧の墓については佐藤大介著「観光コースでないソウル」(高文研)紹介されている。
ソウルに行く機会があればぜひ訪れてください。

映画「道 白磁の人」も見てほしい。日本帝国主義併合下の朝鮮の様子がよくわかる。韓国の知人にも映画の感想をぜひ聞きたいと思う。

経済でも環境でもエネルギー問題でも世界は転換期にさしかかっている。私はどう生き行動したのかが問われる時が必ず来ると思う。浅川巧のように自分の理性と感性に正直に生きぬきたい。外国語の勉強も続けたい。

韓国の学生との対話http://heiwayutaka.blogspot.jp/2011/01/blog-post.html

エネルギー戦略会議はこの夏の原発再稼働を容認するのか否かを明言し説明することが必要だ


大阪府市エネルギー戦略会議の原発再稼働に関する緊急声明のテキストがやっと入手できた。http://www.city.osaka.lg.jp/hodoshiryo/cmsfiles/contents/0000171/171796/kinkyuseimei.pdf
冒頭で「再稼働を強行することは、安全をないがしろにし、福島の事故の教訓を全く無視するものであり、二度と同じ過ちを繰り返してはならないという多くの国民の願いに真っ向から反するものと考える。当会議としては、到底容認することができません」と明言している。この言葉に嘘がないなら心から歓迎する。

しかし問題は「到底容認することができない」のが、この夏からの再稼働なのか、秋以降の稼働なのかだ。

この夏からの再稼働に反対ならそれを明言することが必要だ。再稼働なしこの夏をのりきれることを主張してほしい。そして再稼働容認を明言した橋下徹市長が主催する大阪府市エネルギー戦略会議の委員を退任するべきだ。橋下市長は個人的に再稼働を容認したが戦略会議の総意は違うとするのは、論理的に道義的にも間違っている。会議の意思を主催者の橋下氏が無視したことについての見解表明が必要だ。

もし会議の総意がこの夏の再稼働容認、10月からの稼働停止なら、その結論に至った論理の開示が必要だ。
夏季の電力需要と供給についてのどう見ているのか。原発稼働なしにはこの夏を乗り越えられないと言う見解なのか。これまでの見解をなぜ変更したのか。
「福島原発事故の反省に立った十分な安全性は確認されていない」原発を夏季限定といえ稼働させることがなぜ正当化されるのか。ほかに方法がないというのか。
夏季に限定稼働して、10月から停止できると誰が考えたのか。実践的に可能だと思うのか。稼働しても止めれば止められると言うのは机上の空論ではないのか。原発存続か、脱原発かで国論を二分している時に、一時的と言え再稼働容認との見解を示すことが原発温存の助け舟になっているのではないか。

どんな意見であれそれを表明するのはその人の自由であり権利だ。しかし野田首相のように国民・子供を守るために原発を再稼働するとの言明は虚言だ。「安価な電力」を確保するために原発を再稼働するが、子どもを守るために最大限努力すると言うべきだ。もちろん私はその意見に反対である。

エネルギー戦略会議はこの夏の原発再稼働を容認するのか否かを明言し説明することが必要だ。そうしなければ日本は空文句が蔓延する嘘社会になる。言葉と論理を大切にしたい。

「到底容認することができません」との言葉は重いものだ。その言葉に恥じない行動をとっていただきたい。

2012年6月9日土曜日

国民を直視できない野田首相 彼の「国民生活を守る」とは何か


6月8日野田首相の再稼働宣言が行われた。1945年8月15日の昭和天皇による敗戦を認めた玉音放送に匹敵する歴史的スピーチなると思って注目していた。繰り返しビデオを見た。推敲に推敲を重ねたであろう原稿を無表情で読む首相は、一度たりともカメラをそしてその先にいる国民を直視しななかった。それが学生時代からの演説の名手野田氏がおこなった「直接国民に語りかける目的」で開かれた記者会見だった。

野田首相は国民生活を守るために大飯原発を再稼働させると言い切った。彼にとって守るべく「国民生活」とは何か。

彼は言う。
「国民生活を守ることの第1の意味は、次代を担う子どもたちのためにも、福島のような事故は決して起こさないということであります。福島を襲ったような地震・津波が起こっても、事故を防止できる対策と体制は整っています。」

事故を起こさないために再稼働するは論理的に成り立たない。「事故を起こさない」は再稼働の条件になるかもしれないが目的にはなりえない。「事故は決して起こさない」は空言である。事故は起こるものである。それが事故学の出発点だ。事故を決して起こさない保障は原発を稼働させないことであり、原発を存在させないことである。
次代をになう子どもたちの重荷になるのは事故だけではない。処理する方法のない放射性廃棄物の蓄積の問題である。野田首相はこのことに全く触れていない。再稼働でまた重荷を増やそうというのである。「次代を担う子どもたちのため」と言うことばを使ってはいけない。
「福島を襲ったような地震・津波が起こっても、事故を防止できる対策と体制は整っています。」私を信じなさいと言うのである。福島事故を経験した我々は彼が語らなかったこの言葉に来る次のフレーズを知っている。「しかし想定外の事態には、事故を防止できる対策と体制は整っていません」

野田首相は続ける。 
 国民生活を守ることの「第2の意味、それは計画停電や電力料金の大幅な高騰といった日常生活への悪影響をできるだけ避けるということであります」

国民生活を守るために安定、十分、安価な電力を確保しなければならないと言うのである。それがどうして原発再起動につながるのか。そこが問題である。


「数%程度の節電であれば、みんなの努力で何とかできるかもしれません。しかし、関西での15%もの需給ギャップは、昨年の東日本でも体験しなかった水準であり、現実的には極めて厳しいハードルだと思います。」これはまったくのデマだ。「電力需給検証委:原発再稼働なければ全国で0.3%不足」(毎日新聞 20120510日)原発再稼働なしでも0.3%の不足というのが政府の需給検証委員会の予測ではないのか。この程度の不足であれば「みんなの努力で何とかできる」、何とかしなければならない。その指揮をとるのが首相の仕事ではないか。15%の不足と言うデマで国民を脅すのは首相失格だ。
 
さらに野田首相は続ける、夏が過ぎて電力不足の危機を超えても「国民生活」は原発稼働なしには危機に陥ると。「化石燃料への依存を増やして、電力価格が高騰すれば、ぎりぎりの経営を行っている小売店や中小企業、そして、家庭にも影響が及びます。空洞化を加速して雇用の場が失われてしまいます。そのため、夏場限定の再稼働では、国民の生活は守れません」火力中心の発電では電力料金が高騰するから原発を稼働させたいと言う。


国民は福島事故後の処理と補償に莫大なコストがかかることを知っている。自然を元に戻すことを金額に換算することなど不可能に近い。原発が経済的に安価なエネルギーであるとの主張はすでに破たんしている。電力会社は原発の再稼働を想定しながら大幅な値上げを申請していることをみても明らかだ。

野田首相は「国民生活を守る」を大義名分に原発を再稼働させると言ったが、どの世論調査をみても、その国民の大半が現時点での再稼働に反対している事実を直視するべきだ。空疎な言葉を弄し国民の目を真っ直ぐ見ることができない首相は退陣させなければならない。

2012年6月7日木曜日

F井県知事N川独白 関西の奴らには我慢がならん(フィクション)


何が夏季限定稼働だ。リスクのある原発を再稼働させる福井県民を何と思っているのか。本心は原発の電気なんかいらんが、電気が足りないから夏だけ稼働をみとめてやると言うのだ。上から目線だ。

日本経済全体のために原発は重要であり、再稼働が必要ではないのか。福井はその大義のためにリスクを甘受しようと決意しようとしている。福井の原発は関西のための電気をつくってきた。関西のためだ。再稼働してくださいと頼むのは関西の方ではないか。

もし関西の知事たちが、再稼働がこの夏限定で、そうでなければ再稼働反対と言うなら、福井県は再稼働しなくてもいい。その責任は、関西の知事たちと首相がとればいい。

原発マネーはほしいが、一寸の虫にも五分の魂がある。君子豹変のH下知事、あいつはあれだけの暴言を吐いておきながら、再稼働容認だと。よく言うよ。私には何の謝罪もお願いもない。人間として絶対に許せない。

こうなったら原発なしの福井の再生を国と関西の責任でやらせる。俺の腹は決まっている。これで今夜からぐっすり眠れる。